benicandyの日記

公開型メモ帳のようなもの

今日の所感

 

競プロ用にC++コンパイラをインストールした.VSCodeなど.

よくわかってない感がすごいけど,とりあえず問題なく使えるようにはなったので,これからはこれで書いていこうと思う.

 

C++用の開発環境は高校の頃にVisualC++とかいうのでちょっとだけ触ったことがあったけど,なんだか競プロにはあまり向いてないとかで避けた.ライセンスとかも面倒だった気がするのでまあいい.

 

このブログはアウトプット用に始めて,実際いくつかの記事を書いてきたけど,改めて,アウトプットできるような何かを持っていないというか,インプットが圧倒的に足りないなと痛感する.

 

あるいはアウトプットの技術が圧倒的に足りていないのかもしれないけど.

 

こうして何かわけのわからないことを書きながらも何かを考えているので,それはそれで何かをアウトプットしているのだからいいとも思う.

何かをインプットしてアウトプットするのに最も効率がいいのは真似することだと思っているが,ブログも何かを真似してみるのも一つの手かもしれない.

 

・・・・・・・・

 

グーグル先生に”ブログ アウトプット”と入力すると,それに”練習”というワードが引っ付いて予測候補に出てきたので,それでググってみると,”ゼロ秒思考”という本がちらほら見られました.

 

ゼロ秒思考 頭がよくなる世界一シンプルなトレーニング

ゼロ秒思考 頭がよくなる世界一シンプルなトレーニング

 

 

この本にアウトプットの練習法なんかが書かれているみたい.

最近は意識高い系の本をあまり読みたいと思わなかったけど,なんだかおもしろそうなので今度読んでみようかな.

 

論文のAbstract翻訳練習も機械学習についての記事も全然あげていないのも,よくない傾向なんだろう.

 

継続ってやっぱりむずかしい.

 

このブログの目的としてはアウトプットのほかに,日々何か思ったことについてつらつらつづるという目的もあるので,この記事はそういう目的は満たしている.

 

未来の自分がこの記事を読むことがあれば,読んで何かを感じるかもしれないから.

あとは,一日を生きたことの証明みたいなものが欲しいからかな.

よく,今まで何をしてきたんだろうなんて考えたりするから,そうしたときにこのブログを見て,今までどういうことをしてきただとか,何を考えていただとか,そういうものを思い出せるために.

 

結局,なんか今を生きていないんだなーって思った.

未来の自分と過去の自分に振り回されてる感覚.よくなる.

 

現在の自分を強く保つための芯みたいなものがないから,どこかの自分をあてにせずにはいられない.

 

アウトプットの練習は現在の自分に対してとる行動で,日記的な記事の執筆は過去および未来の自分に対してとる行動という風に考えられる?さすがに無理?

 

アウトプットの練習は脳のリソースを消費する行動で,日記的な記事の執筆は脳をリラックスさせる行動?結構いい線言ってる気がする.今も思考停止で手を動かしてるし.

 

でも,こうやってたまに口語調で記事を書くと,結構つらつらと言葉が出てきて楽しい.アウトプットというか,言葉が勝手にでてくるというか.

 

こんなブログでいいのだ.

 

ブログを誰かに読んでもらうことを意識してしまうと,なんか思ったことを書きづらくなっちゃうから,そこはできるだけ自分に語ることを意識して書くようにはしていこうと思う.結果的に誰かがそれを読んでくれるならうれしいけどね.

 

ペンギン・ハイウェイ

 

小説ペンギン・ハイウェイを読了しました.

ついでに,映画ペンギン・ハイウェイも鑑賞してきました.

 

森見登美彦の作品は”四畳半神話体系”と”夜は短し歩けよ乙女”の二つだけ知っていました.

四畳半神話大系”はアニメだけ見たことがあります.たしか私が大学生になりたての頃に見たのだったと思います.京都(の)大学生である主人公やその周りの人物たちが皆個性的で,作品中で描かれる大学生活も読者目線ではなかなか面白く,また行動を起こすことの大切さなんかも教えてくれる,非常に魅力的な作品でした.この作品で初めて森見登美彦に触れることになりました.

夜は短し歩けよ乙女”は,映画が始まって広告が打たれるようになってから知り,小説を読んでから映画を見ました.小説は,これまた非常に魅力的な世界観で描かれており,最後まで飽きずに楽しく読み進めることができました.”四畳半神話大系”とかなり近い世界観というか,同じ登場人物が何人か出てきた気がします.映画のほうはあまりよく覚えていませんが,小説と同様楽しかったと思います.

 

そしてこの度,ペンギン・ハイウェイの映画広告が打たれるようになって,また小説を買いました.

この作品は前にみた二作品とは大きく異なって,小学四年生の男の子が主人公のSFということでした.(SFというのは読み終わってから知りました)

今となっては私が小学生だったころの記憶なんてほとんど覚えていないですが,この本を読んでいると,そういえばあの頃はこうだったなぁなんてふと思い出してしまいます.森見登美彦氏は一体このような素晴らしい引出しをどこに持っているのだろうかと,非常に不思議でした.

作品の流れとしては主人公と仲間たちがペンギンやお姉さんをはじめとした様々な事象に関する研究を行うといったものでした.

作品の最終章までは,わりと平凡(?)に物語が進んでいくのですが,最終章で大きく転換するといった流れで,こういう締め方になるのかと,悲しくはないのだけど,何か寂しいような,説明が難しいような気持ちで小説を読み終えました.上で述べた二作品とは明らかに異なるタイプの作品でした.余韻がかなり感じられる作品ではないでしょうか.

作中の場面描写はやはり森見登美彦といった感じで,アーティスティックな世界が展開されていました.私は小説をあまり多くは読まないせいか,想像力が乏しいので,一体どのような世界が展開されているのかとやや頭を悩ませながら読んでいます.この世界を映像で見るためには映画館に行くしかないと思い,映画を見に行くことにしたのでした.

映画は私が期待した通りの非常にエキサイティングな世界を描いてくれました.さらに,お姉さんがめちゃくちゃ素敵で,子供たちやペンギンもめちゃくちゃ可愛くて,それだけでも見に行く価値があったと思います.

 

なんだか,読み終わってみると,つかの間夢を見ていたような,そんな気分にさせてくれる小説でした.また読みたいな.

 

 

エモ

 

まずは,日記的な話.

 

今更ながら,先日instagramを始めました.

やろうかなーどうしようかなーとずっと悩んでいたのですが,身内のふとしたきっかけで始めることになりました.

 

instagramって,エモい写真を投稿するSNSなのかなと勝手に想像していたのですが,実際は全然違ってかなり驚きました.

少しいろいろなアカウントの投稿をちらちらとみてみると,なんというか写真付きミニ日記?のような投稿が思っていた以上に多かったです.というかほとんどがそんな感じでした.私自身,エモい写真がいっぱい上がっているものかと思い込んでいたので,これには少しばかりがっかりしてしまいました...(私の感性がinstagram勢に追いついていないだけかも...)

 

とはいえ,最近エモい写真を撮ってどこかに投稿したいなーと思っていたので,この点はクリアできてこれからが非常に楽しみです.(FF内では少し浮いた投稿スタイルになってますが...)

あと,instagramがどのようなものなのかにも興味があったので,自分の想像と違った環境であることが知れてよかったです.意外と風景の写真なんかを投稿している方が少なく,自分が写った写真を投稿している方がほとんどでした.私には到底できそうにないので,本当にすごいですね...

 

 

続いて,考え事の話.

 

instagramを始めたのをきっかけに,エモさの探求について少し考えていました.

どうやら私はエモいものが大好きであるということが徐々に感じられていて,そういうものを探し出すことに興味が出てきたのです.

ぱっと思いつく限りで私がエモさを感じられるものは,写真,音楽,小説,イラストなんかでしょうか.その場の雰囲気なんてのもそうですね.使い古されたオブジェクトなんかもそうでしょうか.まだまだ興味をもち始めたばかりの分野なので,他にももっとエモいものがあちこちに潜んでいると思います.

こういったエモいものは受動的に鑑賞することももちろん楽しいのですが,それを能動的に生み出す,あるいは切り取って抽出するのもまた非常に楽しいことであると思うのです.

 

私は,エモいものには人類の普遍的なフィルターを通して生み出されるものと,個人の特殊なフィルターを通して生み出されるものの二種類あると考えていて,普遍的なフィルターを通したものは比較的誰にでも生み出せるのに対し,特殊なフィルターを通したものはかなり限られた(そのようなフィルターをもった)人物しか生み出せません.

 

例えば,よくあるアニメのイラストなんかは,TLなんかに流れてきても非常にきれいで楽しく拝見していますが,よくある普遍的なイラストです.悪く言っているつもりはなく,普遍的にきれいだと感じられるイラストなのです.それに対し,この絵はこの人にしか描けないという絵は,かなり限られた特殊なイラストです.その絵がきれいかどうかに関係なく特殊であり,結果的にそれが評価されたりされなかったりするわけです.

 

インターネットが発達した今,普遍的なもので私が今から一から初めて上にのぼれるほど甘い世界はないと思います.そうした中でエモさを追及するには,自分なりのフィルターを形成し,自分なりに満足できる形で作品を生み出していく必要があります.

なので,とりあえず自分が能動的に動ける分野で興味のある写真,音楽,イラストの三つについて自分なりのフィルターを通してエモさを生み出す技術を高めていきたいと考えている今日この頃です.

 

 

kaggleなるものがあると聞いて

 

kaggleという機械学習を用いてデータの予測精度を競うコンペがあるという情報を聞いて,私もやってみました.

(kaggleの存在自体は前から知っていたのですが)

 

結果というか,得られた知見として,さっぱり何もできませんでした.

 

機械学習についてはCNNなんかの簡単な説明とその他のツールの使い方をさらっと聞いたことがあっただけなので当然といえば当然なのですが,いざ自力で全部やってみろと言われるとここまで何も出てこないとは...

 

与えられた題は,タイタニック号の乗客について与えられたいくつかのデータから生存を予測するというもので,kaggleのチュートリアルとして有名なのだそうです.

データの整形から予測,出力まで何ひとつできませんでした.

 

さすがにこれでは機械学習について何も知らないも同然なので,一念発起して機械学習の勉強をきちんとしようと思います.とりあえず今持っている参考書に載っている項目を順にこなしていき,このブログにまとめていこうと思っています.

 

使う参考書は↓これです.

 

 

 

かわいいは正義

 

かわいいは正義

 

これこそが唯一の人類普遍の真理であるといっても過言ではないと,最近思っている.さすがに唯一は言い過ぎだとしても,これを認めざるを得ないと思うことが多々ある.かわいいものを見ると癒される.かわいいものに憧れる.かわいいものになりたいと願う.というか,”かわいい”の文字列がすでにかわいい.不思議である.

 

あまり政治的イデオロギーについて記事内で言及はしたくないので明言を避けるが,ここ最近米国を中心として日本でも,よく女性と男性の関係性について議論がなされており,その様相は日々熱を帯びるようになっている.過激な意見も多く見受けられる.

自分の立場としては,それぞれの主張を明確に相手に伝えることをしてから,話はそれからだという考えだが,そんなことはさておき,とりあえず男性は法的権力を有した女性に対し萎縮せざるを得ない状況になりつつある(だからといって男性の横暴が許されるわけではないが).当然ながらこれでは問題の本質的解決にはならないのだが,現状はあまり良い方向に向かっているとは思えない.ある男性が女性の美しいことについて言及しただけで法的権力を振りかざされかねないような状態が自然であるとは言えないと考える.カワイイと言われたくない相手に対して権力を振りかざすのであれば,当然カワイイと言ってほしい相手も同じような目に遭うことを避けるに違いなく,お互いに好ましくない.したがって,慎重に事を進める必要があると思っている.

 

しかし,大きなパラダイムシフトによって自然が自然でなかったことに気付くことはよくあることであり,このような考え方が自然ではなくなることもあり得る.少なくとも,現状のような動きが加速するならば,十分にあり得る話だと考えている.

なぜかというと,これまでの社会で女性が担っていた役割を代替しうる技術であるVR技術が台頭してきたからである.

 

VRは最近ではややブームが収束気味といった感じだが,少し前にPSVRが登場したときに色々なところで紹介されていたので,どんなものかは大体検討がつくと思う.

 

このVR技術は様々な恩恵をもたらしてくれると信じているが,その役割の一つとして,これまでは基本的には女性だけが有していた”かわいい”の役割をコモディティ化し得る技術であると考えている.この動きは最近のVtuberブームなどに顕著にみられる.ここで使用されるアバターはなぜか(?),かわいい女性アバターばかりだ.ここから,男性目線ではかわいいものとして愛でる対象が女性からVRアバター(とその中の人)に,女性目線ではかわいいものとして愛でられる対象が自分からVRアバターに,それぞれ移ったという解釈ができる.

つまり何が言いたいかというと,もし現状の動きがさらに活発化するようであれば,男性は女性にかわいさを求める代わりにVRアバターにかわいさを求める動きが加速するのではないかということである.さらに言えば,アイドルのファンに見られるように,女性が女性(及び男性)にかわいさを求めることもよくあることであり,これもこの動きの後押しとなると考えられる.

 

すなわち,”かわいいは正義”は自然であり,それゆえ,現実でかわいいを愛でることが否定されるならば,現実でない実質世界でかわいいを実現しようという動きが自然に起きているのだというのが私の主張だ.

 

もちろん,現在のVR分野はまだまだ発展途上なので,この主張は特殊解にすぎないかもしれない点には注意する必要がある.

 

ところで,この動きは必ずしも人類にとって好ましいものであるとは考えていない.というのも,これは日本の少子高齢化を加速させるかもしれないからだ.もちろん,ここでも大きなパラダイムシフトが起こり,人工的に子供を生産するなどということになると話が違ってくるが,VRのかわいい代替とは違いここを超えるのにはかなりの苦難を伴うだろう.したがってやはり,好ましくはないと考える.

 

でもまあ,この調子で声の大きい者が理想論(?)を語ったりしながらずるずるいってしまうのだろうなーと思っている.私自身,なんの解決策も提案していないのでブーメラン刺さりまくりなのだが.

 

 

と,雑に綴ったがこんな感じのことを考えているので,最近は”かわいい”について研究するのが理に適っているのではないかと考えるようになった.とりあえず,かわいい絵と音楽からせめてみようと思う.

 

 

過去を羨むことなかれ

 

最近気温が下がってきて,もう秋だなーって感じになってきましたね.

秋になるといつも,なんだか不意に寂しいような感覚に襲われます.どうしてなんでしょうね.

 

今回は,いつも過去を思い出して寂しくなって,身動きができなくなっているような状態から私が脱却するための一つの考え方を思いついたので,ここにメモ書き程度に書いておこうと思います.

 

私はよく過去のことを思い出して寂しくなるのですが,これはなんとなくですが,やっぱり年齢的なものがかなり大きいのだと思います.20歳以前と以降では将来に対する考え方が大きく変わったような気がします.

20歳までは,まだまだ若さがありこれから何者にでもなれるので,そして身近な将来のことはまだ差し迫っているわけではないので,心の余裕があったのだと思います.

しかし,20歳を過ぎると老いていくという一種の思い込みのようなものに陥ってしまったのだと思います.20歳に至るまでの過程が人生のピークで,それ以降は緩やかに下降していくような気がしてならないのです.

したがって,何をするのにも,これが将来に資するのかどうかを考えたりしてなかなか実行できなかったりするのです.

 

ですが,私の年齢や考え方がどう変わろうと,時間が巻き戻ることはありません.つまり,私は後退することはなく,進み続けることしかできないのです.たとえその増加率が下降しても,傾きが負になることはありません.

そう考えるならば何も,後ろばかりみて寂しく感じる時間を過ごさなくてもいいんじゃないかって思いました.

 

こんなことを実行できるのならきっと今頃苦労なんてしてないのでしょうが...

それでもやっぱり,前を向いているときっと楽しいことがたくさんあるのかなって思います.

私は何かイベントがあると,その直前にはわくわくよりもめんどくささが増してくるのですが,いざイベントが終わってみると,ほとんどの場合ものすごく楽しかったと感じます.こういったことも,そう考える要因の一つです.

 

 

このままだとだらだらと書き続けてしまいそうなので,今回はこの辺で.

 

 

論文Abstract翻訳練習 - IEEE_2017_Systems_Security_and_Authentication

 

IEEE_2017_Systems_Security_and_Authenticationより以下の論文のAbstractを訳してみました.論文を読むための練習を主目的としているため,かなり雑な翻訳なのはあしからず.というか,Google翻訳にかけたほうがずっとイイかもね!

 

論文は徐々に追記していこうと考えています.原文はGoogle Scholarでタイトルを検索すれば,右側にPDFのリンクが出てくると思います.

 

NORAX: Enabling Execute-Only Memory for COTS Binaries on AArch64

Abstractの訳

  • メモリ解放の脆弱性を悪用するコードを再利用した攻撃は,開発されたすべての緩和策を迂回できる.この類の攻撃に対しある気の利いた防御策が,精密なアドレス空間レイアウトのランダム化(ASLR)を施した実行専用メモリ(XOM)を保護するのに有用である.
  • しかし,XOMを使用する最近の研究は,その効率性にも関わらず,ただ最新のコンパイラサポートを用いて(リ)ビルドされたプログラムを保護するだけにとどまっており, 商用オフザシェルフ(COTS)バイナリおよびソースの利用できない保護されていないプログラムを捨ててしまっている.
  • 我々は,AArch64プラットフォーム上の生のCOTSバイナリにXOMを追加する実用的なシステムであるNORAXの設計と実装について提案する.
  • これまでの技術とは違い,NORAXはソースコードデバッグシンボルも不要である.
  • NORAXは,存在するバイナリを静的に変換し,それによって実行中にそれらのコードのパーツが移転されて参照先が適切に更新された埋め込みデータをもつXOMメモリページへ読みだされる.
  • NORAXは,変換されたバイナリが新たなハードウェアベースのXOMの支援にてこいれすることを認める – AArch64プラットフォーム(例えば最近のモバイル機器)上で広く利用されているが,既存のバイナリの非互換性のために事実上使用されていない機能である.
  • さらに,NORAXはin-place randomizationのような他のCOTSバイナリを扱う技術と共存するように設計されている.
  • 我々はNORAXをSAMSUNGのデバイス上で実行されている,一般的に利用されるAndroidシステムのバイナリに適用する.
  • 結論として,平均的なNORAXは変換されたバイナリの実行速度を1.18%遅くした.そして,それらのメモリフットプリント(メインメモリの容量)を2.21%増加した.このことから,NORAXは現実世界に適応できるほどに実用的であると推測できる.

 

コメント

とりあえず訳してはみたものの,控えめに言ってさっぱりわからなかった.ハードウェア関連の知識は皆無なので仕方がない.これを機に,論文を読んでみてハードウェアについて勉強してみてもいいかもしれないなぁ...