benicandyの日記

公開型メモ帳のようなもの

4ヶ月

 

前回の更新から4ヶ月ほど過ぎたらしい。

なぜ戻ってきたのかというと、なんとなく。

 

 

このブログをなんの目的で作ったのかは忘れたけど、とりあえずこの記事をもって新しい趣向で再スタートしようと思います。

 

これからこのブログでは、私が近い将来あるいは遠い将来の自分に向けて書く手紙のような記事を書いていく予定です。

 

それはその日思ったことだったり、なにか知識をまとめたものだったり、ポエムみたいなものだったり。

 

あらためて自分と向き合うために、こういうことをしてみます。

これも長く続くかわからないけれど。

 

 

私が本質的にどういう人間なのか、真剣に見つめないとだめだと思ったからです。

 

自分がどういう人間なのかをある程度知っていれば、これから先の人生を”自分にとって”少しでも楽しいものにできるのではないかという狙いがあります。

 

逆に、自分がどういう人間なのか知らずに、あるいは、自分がこういう人間であると思い込んだ状態で生きるというのは体力の消費が激しいもので、そんな環境で大学を卒業してしまうと、ふっといつのまにか消えてしまう気がするのです。

 

 

今の私が思う私の本質というのは、

・人に興味がない、人を心の底から信じられないこと

・人が好き、人を心の底から信じたいこと

・過去あるいは未来の自分ばかりに気を取られて、今の自分を見つめるのが苦手なこと

・強い人になりたいこと

・短期間でなにかを得ることを強く希望すること

・モチベーションが長く保てない

・音が好き

少なくともこれらの性質を備えていると思っています。

ポジティブな性質は自覚するのが難しいので、あまり列挙することができませんでした。

 

これらのうちネガティブな性質をどうするかという問を考えるとき、

・性質を矯正する

・性質に馴染む

の2つの手段が考えられます。

 

このうち、性質を矯正することは難しいと考えました。抽象的な手段はわかっても、具体的な行動が思いつかなかったからです。

 

なので、性質に馴染むことを目指そうと思います。馴染むというのは、性質をネガティブなものだと自覚するのではなくて、そういうものだと認識するということです。

 

これまでネガティブな本質をどうにか矯正したいと考えて悩んでいましたが、一度諦めて、受け入れてしまおうということです。

 

受け入れることには責任が生じるので、矯正と同じくなかなか簡単なことではありませんが、受け入れるのを拒んで悩み続けるのは問題の先延ばしにしかなりません。

 

そういう考えのもと、これからブログでは、未来の私に向けてなにかを伝えるという体で記事を書いていきます。

 

モチベーションの維持は難しいので、継続しないかもしれません。ジレンマです。

 

 

学会発表 - 今日の所感

酒を飲みすぎて意識が曖昧だけど、せっかくなので今日の感想メモ

1.
ブロックチェーンは人類には早すぎたのかなと感じた。

発表の場の問題かもしれないし、そもそもプレゼン能力が足りてないというのもあるのだろうけど、あまり興味を持ってもらえる話題ではないんだなと痛感した。

そもそも必要な背景知識が膨大であったり、仮想通貨的な利用以外の目立った応用事例がなかったりと、この分野について勉強していなければ話の内容がさっぱり分からないことになると思う。

当然、それはどの分野にも言えることだが、いかんせんどれも理論レベルの内容ばかりであり、暗号学における様々な数学的知識、及びネットワークの知識が要求される。もちろん応用的な研究も存在しており、私のテーマはそれに分類されるが、基礎がまだ絶賛大議論中なので、ブロックチェーンをどういうものとして取り扱えば良いのかが一般に浸透していない気がする。

今日私の他に発表した方々は、研究内容の他にブロックチェーンについて様々な基礎知識を説明してくれていたが、今日参加してくれていたような人たちは、おそらくそういったレベルのことは聞いたことや調べたことくらいはあると思う(無いかもしれない)。調べた上で、おそらくまだ、ぼんやりどころか濃霧といった感じに、どういうもので、どういう使い方をするのかなど、想像するための材料が少なすぎるため、そうなっている気がする(日本語雑)。というか今の私がそうである。

なので、そのwhatとhowに対するアプローチを扱ったテーマがまだまだ多い段階で、それを踏まえた先の、それを使って何をしたというテーマはまだまだ受け入れられづらいのかなと感じた。


2.
私には、この人はすごい、この人はすごくない、あるいはこの分野はすごい、この分野はすごくないといった一元的な見方をする傾向があることを改めて認識した。これは、スイッチが入るとそれのことばかり考え、切れるともうすっかり飽きたといった感じになる性格にも通ずるものがあると思う。

何事も、いろいろな側面から見て包括的に捉えるということを、意識的にしていく必要があると感じた。

例えばブロックチェーンでいうと、
・今現在、一部熱心な信者がいる界隈では非常に支持されており、ブロックチェーンが世界を変えるとかなんとか言われている。
・一方で、世間のブロックチェーン熱は次第に冷めてきている印象があり、というか、使えるかどうか判断するために一応研究していたが、うちでは到底扱える代物ではなかったと結論づけはじめたという印象がある。直接聞いたわけではないが、研究している企業では具体的にどう使えるのかについて話を聞いたことは未だに一度もない。
・実際に利用しようと考えると、まだまだ手探りといった印象があり、世界を変えるのには時間がかかりそうではあるが、調べてみるとたしかにおもしろいことができそうに感じる。まあ当然、これを研究する人たちは少なからずそう感じているだろう(あるいはそういうものだと盲信している)。
・他分野の研究者の中には何か胡散臭いものだと感じる人も少なからずいるだろうということは想像に難くない。

などなど?何か関係ないことを書き出した気がするが、、、

とにかく、まだまだ理論段階のブロックチェーンだけを専門的に扱うのは非常にリスクが高い。今でこそ活発に議論されている機械学習が辿ってきた道の、最初の段階にいる感じ。リスクが高い分、リターンも大きい分野ではあると思うが、何もなければ死ぬまで何も無い可能性もある。

機械学習なんかは逆に、今から勉強しても、今想像がつくリターン以上の成果はしばらく出てこないように感じるが、勉強・研究すれば確実に役に立つ。

こんな感じで考えていこう。


おなかがすいた。
もう疲れたのでこの辺で。。

真似することと影響を受けること


誰かの真似をしても誰かになるだけだから、自分は自分らしさを求めるんだ、というスタンスで物事に取り組むのはあまり賢いとは言えない。


どんなに素晴らしい人でも、というかむしろ素晴らしい人こそ、誰かその人よりも前に生きた、あるいは生きている人の影響を受けていることが多いように思う。


もっと書きたいけど今日はここまで。

本来の自分を呼び覚ます

厨っぽくてカッコイイタイトル。
中身はないけど私の進捗報告。


思春期の抜け殻を延々と抜け出せずにいた私は、あらゆる自信と好奇心に満ちていた子供の頃の自分を少しずつ取り戻しつつある。


あの頃のわたしは確かに強かった。
恐れるものなど何もなかった。


本来、私はそういう姿をしているはずだ。
窮屈な抜け殻がいつの間にか身体に馴染み切っていた。

抜け殻を脱ぐことはやはりまだ恐い。
焦らずに、少しずつでいいから、取り戻していきたい。



取り戻せなくてもいい。

意識する

 

私は音ゲーを始めるとき、音楽が好きだから音ゲーを趣味にするという決意をもって音ゲーを始めた。

 

最初は下手だったしそれほど楽しくはなかったが、続けられたのはそういう決意をもって始めたというのが一つの要因としてあるのかもしれない。

 

決意すると敷居が上がって余計に継続しなくなるとよく言われその通りにしていたが、自分の場合はむしろ決意をしなければ継続できないのかもしれない。

 

決意すると心がそのことで疲れるからという理由のようだが、決意しないとそのことをしたいと思うのにしなくてもよいと思うように心が仕向けて、逆に疲れてしまう気がする。

 

なので、これからは自分が継続したいと思うことは意識的に継続することにする。

 

 

もし無理なら、SNS内での同じ趣味の繋がりを持つことが要因として考えられるので、その時はまた何かしら考えようと思う。

 

手を動かす

私の座右の銘は、"考え続けること"だったのですが、最近変わりつつあります。

本当は、

"考えるよりも先に手を動かすこと"

が大事かもしれないと思っています。


もちろん手を動かす時に考えるのですが、この時に考えるために手を止めないことがポイントな気がします。

試しにしばらくこれを座右の銘として生きていきます。

小さくても

小さくても続けることが大切ですよね。

前の更新からはや3週間が経ちましたが、何を書こうか考えることすらしませんでした。
というか、ぼんやりとは浮かぶのですが、長い記事にはならないなーと思って、書くことを諦めるのです。


しかし、そもそもこの日記を始めたきっかけを振り返り、復活しました。

超短くても、更新しようと思います。


以上。