benicandyの日記

公開型メモ帳のようなもの

涼宮ハルヒの憂鬱

 

涼宮ハルヒの憂鬱をみた感想という記事.

いわゆる感想というよりは,思ったことという感じ.

もとより感想というのはそういうことを述べることなのかもしれないが.

 

私は大学生になってからというもの,常に何か面白いことがないかと悩み続けている.何か面白いことを求めて書店や雑貨店なんかに一人でよく行ったりする.もう大学四年生にもなるというのに,いまだにこの感覚から抜け出すことができずにいる.一時的にこの感覚を抜け出すことはあるが,すぐにまた戻ってくる.某団体の信者であったエリート大学生もこのような感覚に付け込まれたのだろうかと考えたりもする.もちろん自分がエリートだといいたいわけではない.

 

ここで少し,自分の過去を振り返って見ようと思う.

 

大学一年生の春,大学受験を終えたばかり私はたしか,何か勉強をしなくてはならないと何となく思っていて,数学書とかなにやら難しそうな本なんかを買って読んでいた.大学の講義も,自分が重要だと感じたものや興味のある授業は積極的に勉強に励んだ.しかしこの頃すでに,何となく退屈さを感じていた.サークル活動などは,どのサークルを見ても自分の興味のありそうなものはなく,なんとなくあるサークルに所属してみたが,あわなかったためすぐにやめてしまった.

 

夏からは,オンラインゲームにドハマりした.同時にバイトも始めた.大学の講義には一応ほとんど欠席することはなかったが,講義以外の時間はほとんどオンラインゲームかバイトをしていたと思う.講義の時間中もずっとゲームのことばかり考えていた.ゲームの中で知り合った人たちとのチャットも楽しく,充実していた.バイトをしている間は時間を無駄に消費しているという感覚が常に付きまとっていたが,娯楽に充てるお金を得るためにやむを得ずしていた.もちろん娯楽というのはオンラインゲームのことである.このゲームは結局,二年生の春頃まで続いた.

ゲームには熱中していたが,この時もやはり,何か後ろめたいものを感じていた.退屈ではないものの,将来につながる要素が全く見当たらなかった.いずれやめてしまうことを考えると大学生の貴重な時間の大部分をゲームに充ててしまうのは非常にもったいない.こういったゲームの類は社会にでて余裕ができてから余裕をもってするべきものであると思っていた.そうして結局飽きてしまったような気がする.やめた直接的な理由はあまり覚えていない.大学一年生で得たものは,オンラインゲームの楽しみくらいのものではないだろうか.

 

二年生になると,友人に誘われてあるサークルに所属することになった.ここは私にとって比較的居やすい雰囲気だったので最後まで所属することになったのだが,何か自分の退屈さを解消してくれるものに出会うきっかけには少し遠かった.この頃の私は,今の私と同様の悩みについて考えていた.この頃の私が書いていたブログを昨日読み返してみると,本当にそっくり今の私と同じことで悩んでいて,少し絶望したのだった.私の悩みは二年間なにも解決されていなかったのだと.この頃の私は,何か現状を変えたいと思ってのことだったか定かではないが,自分は音楽が本当に好きで,音楽に触れられる趣味を持ちたいと考え,音ゲーを始めることにした.幸い,音ゲーにはこの年の秋ごろまで熱中できた.SNSでの関係も増えた.この頃は音ゲーだけでなく,サークルの活動も活発で,いろいろなところに行って遊んだりと,非常に充実していたと思う.冬が近づくと,サークル活動はいろいろな都合が重なってかなり控えめになった.さらに音ゲーは,継続してはいるものの意欲はかなり後退していたと思う.そんな感じのこの頃は,ちょうど寒くなってきたこともあってか,色恋沙汰で悩んでいたと思う.それくらいのことしか思い出せない.この年の冬は何か特筆すべきことはほとんどなかった気がする.音ゲー意欲はジャンルを変えることで復活したこと,スマホのアプリゲームに少しハマっていたこと,秋にできた恋人絡みで悩んでいたこと,そのくらいだろうか.振り返ってみると大学二年生は,ありふれた大学生活を送っていたという印象がある.

 

大学三年生の春.この頃は新歓で忙しかったような気がしなくもない.大してサークル活動があるわけでもないから忙しくなかった気もする.この頃も相変わらず音ゲーに熱中していたと思う.恋人と関東へ出かけたりもした.あまり予定が詰まっていた記憶はないが,結構充実していたのだと思う.この年の夏はスマホのカレンダーの履歴が残っているので確認してみると,ほぼ毎日何らかの予定が入っており,本当に充実していたのだと思う.あまり記憶には残ってないが,確かに忙しくて体力がないことを嘆いていたのを覚えている.秋冬は研究室に配属され,何となく研究室で過ごしたりしていたと思う.当時は何かをしているつもりだったが,振り返ってみるとほとんど何もしていなかった気になってくる.

いや,思い出した.予定が詰まっていないのは当然のことだった.この頃の私はTwitterで偶然にも落合陽一氏の本の一節をみつけ,その本を買い,そのまま落合陽一氏のファンになってしまった.そして,本を読んだことを発端として様々なことを学びたいという大学一年生のころに消えてしまった思いが復活してきたのだった.私は,とりあえず機械学習に手を出した.機械学習といっても理論ではなく,実用の方だ.これを使って面白いものを思いつき,そのままそれを作ることに夢中になってしまった.そのほかにも色々な本を読んだ.結果として,自分の視野は大きく広がったと思う.大学三年生はそれなりに面白いと感じながら生活できていたのかもしれない.

 

大学四年生の春から今に至るまでは,大学で研究したり論文を書いたりしながら忙しい生活を送っている.それ以外に特筆するようなことはない.そんななかでふと生まれてきたのが,というよりは再燃したといったほうがいいのだろう,”何か面白いことがないか”という悩みだ.

 

涼宮ハルヒの憂鬱”を見て,この悩みは,涼宮ハルヒの”憂鬱”そのものだと思った.ここでいう涼宮ハルヒの”憂鬱”とは,原作そのものを指すのではなく,原作のなかで描かれているハルヒの”憂鬱”を指す.私は日々,涼宮ハルヒの”憂鬱”を背負って生きているのだと思った.ハルヒほどの行動力を今の私は備えていないためこの憂鬱を解消することは難しい.日々何らかの行動をすることでこの憂鬱を解消できないかと試みてはいるから,もしかしたらそのようなもしかしたらそのような行動力を備えているといえるのかもしれない.だが,今のところこの憂鬱の解消には失敗している.つまり期限付きのエンドレスエイトのようなものを繰り返しているわけだ.少しこじつけすぎか.ともかく私は,ハルヒのように私が生み出す擬似エンドレスエイトを,キョンのように私が抜け出すための方法を日々考えながら生きているのだといえる.

 

ここまでつらつらとつづってきたわけだが,結局何が言いたいのかというと,私の心の中には涼宮ハルヒの精神が宿っているのだろうなーと厨二チックなことを考えていたというだけのことだ.アニメを見てこのような感覚を持つというのは非常に面白い体験だった.以上が,”涼宮ハルヒの憂鬱”を見た私の感想だ.

 

あー,何か面白いことないかなぁ.

 

最後に一つ付け加えておくとすれば,アニメを見る限りこの作品は時間や空間を並行させた概念を取り入れていることや,全時空間をその各々の地点で各個人が観測しそれらの同期を行う長門有希という存在は非常に興味深かった.あと,朝比奈さんちょーかわいかった.