benicandyの日記

公開型メモ帳のようなもの

エモ

 

まずは,日記的な話.

 

今更ながら,先日instagramを始めました.

やろうかなーどうしようかなーとずっと悩んでいたのですが,身内のふとしたきっかけで始めることになりました.

 

instagramって,エモい写真を投稿するSNSなのかなと勝手に想像していたのですが,実際は全然違ってかなり驚きました.

少しいろいろなアカウントの投稿をちらちらとみてみると,なんというか写真付きミニ日記?のような投稿が思っていた以上に多かったです.というかほとんどがそんな感じでした.私自身,エモい写真がいっぱい上がっているものかと思い込んでいたので,これには少しばかりがっかりしてしまいました...(私の感性がinstagram勢に追いついていないだけかも...)

 

とはいえ,最近エモい写真を撮ってどこかに投稿したいなーと思っていたので,この点はクリアできてこれからが非常に楽しみです.(FF内では少し浮いた投稿スタイルになってますが...)

あと,instagramがどのようなものなのかにも興味があったので,自分の想像と違った環境であることが知れてよかったです.意外と風景の写真なんかを投稿している方が少なく,自分が写った写真を投稿している方がほとんどでした.私には到底できそうにないので,本当にすごいですね...

 

 

続いて,考え事の話.

 

instagramを始めたのをきっかけに,エモさの探求について少し考えていました.

どうやら私はエモいものが大好きであるということが徐々に感じられていて,そういうものを探し出すことに興味が出てきたのです.

ぱっと思いつく限りで私がエモさを感じられるものは,写真,音楽,小説,イラストなんかでしょうか.その場の雰囲気なんてのもそうですね.使い古されたオブジェクトなんかもそうでしょうか.まだまだ興味をもち始めたばかりの分野なので,他にももっとエモいものがあちこちに潜んでいると思います.

こういったエモいものは受動的に鑑賞することももちろん楽しいのですが,それを能動的に生み出す,あるいは切り取って抽出するのもまた非常に楽しいことであると思うのです.

 

私は,エモいものには人類の普遍的なフィルターを通して生み出されるものと,個人の特殊なフィルターを通して生み出されるものの二種類あると考えていて,普遍的なフィルターを通したものは比較的誰にでも生み出せるのに対し,特殊なフィルターを通したものはかなり限られた(そのようなフィルターをもった)人物しか生み出せません.

 

例えば,よくあるアニメのイラストなんかは,TLなんかに流れてきても非常にきれいで楽しく拝見していますが,よくある普遍的なイラストです.悪く言っているつもりはなく,普遍的にきれいだと感じられるイラストなのです.それに対し,この絵はこの人にしか描けないという絵は,かなり限られた特殊なイラストです.その絵がきれいかどうかに関係なく特殊であり,結果的にそれが評価されたりされなかったりするわけです.

 

インターネットが発達した今,普遍的なもので私が今から一から初めて上にのぼれるほど甘い世界はないと思います.そうした中でエモさを追及するには,自分なりのフィルターを形成し,自分なりに満足できる形で作品を生み出していく必要があります.

なので,とりあえず自分が能動的に動ける分野で興味のある写真,音楽,イラストの三つについて自分なりのフィルターを通してエモさを生み出す技術を高めていきたいと考えている今日この頃です.